アホいうヤツがアホじゃ、ヘタいうヤツがヘタじゃ
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序章:ちいさな冒険 その9

 お店の中がシン、とした空気に包まれました。
 アリーチェは直立不動、女の子は指をアリーチェの鼻先に突きつけたまま、向かい合って対峙しています。
 そのままの状態で、きっちり五秒が過ぎました。
「しょうぶって、どうやって?」
 ピリピリした空気に耐えれなくなったのか、トディが口を開きます。
 女の子は指を下ろし、腕を組んでトディに向き直りました。
「こくばんとはくばんでしょうぶ!と言いたいけど、さすがにまほうでっていうのは、ばしょもないし、まわりの人にもめいわくをかける」
 女の子はレジの上で一休み中のぴよぷーに目を留めると、今度はぴよぷーを指差しました。
「ねえ。あのみにくいデブヒヨコはあなたのつかいま?」
 ぴよぷーは指を差されたことに果たして気づいているのかいないのか。真相はわかりませんが、視線は窓の外、空を飛ぶ小鳥達に熱く注がれたままです。
「え、ええと……ぴよぷーはおじいちゃんのつかいまだけど、おつかいにつれて行けって……」
「ちょうどいいわ。おとうさまのラプトと”きょうそう”させましょ」
 そう言って女の子は、アリーチェの返事を待たず首に巻いたマフラーに手をかけます。
 そのままくるりとマフラーをほどくと。
「わっ!ネコ!」
 なんと女の子の肩の後には、すらりとした猫が寝そべっていました。どうやら白黒のマフラーだと思っていたのは異様に長い尻尾だったようで、その長さは体の三倍は軽く超えていそうです。
 猫は眩しそうに顔をもたげると、物音も立てず女の子の肩からひらりと地面に降りました。
 頭や体は白と黒の混じり合ったマーブル模様で、縞模様の尻尾と相まってとても不思議な印象を受けます。
「リズ、ナニカヨウジ?」
 おまけにこの猫はぴよぷーと違い、ぎこちないもののちゃんとした人間の言葉を喋れるようです。
「わ、わ……」
 おじいさんのライバルの娘(?)だという、見たことはおろか、知りすらもしなかったはくばん使い。それに人語を喋る使い魔。
 あまりの展開の早さに、アリーチェの理解が及びません。
 リズと呼ばれた女の子は、使い魔のラプトに優しく話しかけます。
「ラプト、今からあのヒヨコと”きょうそう”してほしいの」
「キョウソウ?……リズガイウナラ、ナンデモヤル」
 従順なラプトをそっとリズが抱き上げます。
「そう。いい子ね。
 アリーチェ、どうやって”きょうそう”させるかはあなたがきめなさい」
 唐突な振りに、アリーチェは素っ頓狂な声を上げました。
「へ?」
「あなたのヒヨコとあたしのラプトで”きょうそう”させるほうほうよ」
 そんなことを言われても、すぐに思いつくはずがありません。
 アリーチェは困りきって視線を宙にさ迷わせます。
「ええと、ええと……”きょうそう”……。
 はやさをくらべる……れーす?」
 競争から連想される言葉が適当に口から出ただけでしたが、リズは納得したように頷きます。
「レースね。いいわ、どこからどこまで?」
「ば、ばしょも?……うーん、うーん……」
 聞き慣れない冷たい口調も相まって、ひどいプレッシャーです。額に嫌な汗をかいてきました。
 とその時。助け舟を出してくれたのは、それまで黙っていたパン屋のおばさんでした。
「それなら、北の丘にあるリンゴを取って戻ってくる。でいいんじゃないかい?」
「「おか?」」
 リズとアリーチェが同時におばさんの顔を見つめます。
「外へ出てごらん。東門を正面にして、左の奥に見えるよ」
 おばさんに促され、四人揃ってぞろぞろと店の外に出ます。
 アリーチェが町へ入る時に抜けてきた東門を体の真正面に捉えて顔だけを左に向けると、確かに、遠くの方にかなり急な斜面が見えました。
「あの木がリンゴの木だ」
 おばさんが頂上に一本だけ生えた大きな木を指差します。
 遠くのためあまり明瞭ではありませんが、丘や木が見えれば不正のしようもないでしょう。
 まだ事態の飲み込めていないアリーチェをよそに、リズが満足そうに頷きます。
「おばさん、ありがとう。
 アリーチェ、ヒヨコをよんできて。”きょうそう”できないわ」
 そういえばさっきからぴよぷーの姿が見えません。
 アリーチェが店内を覗くと、ぴよぷーは相変わらずレジの上に腰を下ろし、それどころか瞼を閉じて完全に寝ていました。その姿からはちょっと想像し辛い、可愛らしいいびきまでかいています。
 アリーチェは慌てて入り口からぴよぷーを呼び寄せました。
「ぴよぷー!ちょっと手伝ってほしいことが!」
「ぷー」
 とても面倒臭そうに片方の瞼を持ち上げアリーチェをちらりと見やったぴよぷーですが、こちらに来る気配はありません。
 何かやる気にさせる要因がなければ、非協力的なぴよぷーに競争を頼むのは難しそうです。
 アリーチェは必殺の単語を出すことにしました。
「ぴよぷー、おねがい!
 ”きょうそう”にかったら、やきとり、いえにもどるまえに作ってあげるから!」
 焼き鳥という単語に、ぴよぷーの目がぎらりと光ります。それまでの怠惰な態度はどこへやら、俊敏な動きでアリーチェのそばへと飛んできました。
 リズはそんな様子を見てぼそっと吐き捨てます。
「たべものにしかきょうみがない……てんけいてきなダメなつかいまね」
「そんなことないよ!
 ぴよぷーはきっとあなたのねこちゃんよりははやい!……はず……」
 言っていてだんだん自信がなくなってきたのか、語尾が消え入りそうに小さくなっています。
 焼き鳥パワーで勝ってくれると信じたいところですが、まだぴよぷーの扱いに手馴れていないアリーチェのこと。本気を出すかどうかはぴよぷーの気分次第です。
 ラプトがどれぐらい素早い動きができるのかも不明な現状では、勝負の行方はわかりません。
「おばさん、あいずおねがいしてもいいですか?」
 リズの要請に、おばさんはにこにこと頷きました。
「勿論、任せて。
 アリーチェ、人と競争するのは悪いことじゃあないよ。なんだい、そんな泣きそうな顔をして。
 オーギュストさんが世界で初めて作り出した使い魔だろう?負けるはずがない。もっと自信を持ちな」
 おばさんはアリーチェの頭を優しく手で撫でると、その手を天高く振り上げました。
「ルールは簡単。あの丘の木のリンゴを先に取って帰ってきた方が勝ち!
 危険だから、こくばんやはくばんの魔法を使った妨害は一切禁止!」
 おばさんの大きな声に、大通りの人々の視線が集まりました。そのまま買い物に戻る人もいれば、興味深げに野次馬を始める人もいます。
 なんだかとても大事になってきました。
 別に自分が能力を使って競争するわけではないのですが、野次馬の視線にアリーチェの緊張が自然と高まります。
 横目でそっとリズの様子を伺うと、群集などそ知らぬといった風体で丘の方向をじっと見つめています。
 そんなリズの足元へすまし顔のラプトが、一方のぴよぷーはぎらついた目をしながらアリーチェの頭上へ。それぞれスタンバイ完了です。
「よーい、スタート!」
 振り下ろされた手と大きな掛け声でレースがスタートし、二匹は弾丸のように飛び出しました。
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