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序章:ちいさな冒険 その2

 雪をかぶった針葉樹の乱立する、鬱蒼とした森の中。
 肌を刺すかのような寒さを感じつつ空を見上げてみても、光を奪い合うようにして木々が枝葉を伸ばしているのが見えるだけ。日の光は枝葉の隙間から、僅かにしか差し込んでいません。
 東西に大きく伸びた大陸に、砂時計のような形をしたフェルブノイという王制の国がありました。
 その北端、隣国とこの国とを隔てる険しい山脈のふもとに、黒々とした不気味な森が広がっています。
 一応地図に記載されている正式な名称として”フェルブノイ北部森林保護地域”という仰々しい名前がありますが、地元の人は誰もそんな呼び方をしません。冬でも針葉樹林が茂っており、その葉が秋から冬にかけて真っ黒に変色することから、単純に黒の森と呼ばれています。
 昼でも薄暗く、獰猛で危険な獣が多いことから地元の人ですら奥までは滅多と踏み入ることがありません。
 さて、そんな黒の森の獣道を小一時間ほど進むと、ふいに視界が開けて大きな建物が目に入ってきます。
 大きさはごく普通の一軒家が軽く四つか五つは中におさまってしまいそうなほど。大きさだけでいえば立派な豪邸です。
 ですがその外観から受ける印象は「幽霊屋敷」といったところでしょう。くすんだ赤レンガの外壁は二階の一角が大きく崩れ、それ以外の部分も大半はつる性の植物に厚く覆われてしまっています。
 一見したところ黒の森に住む獰猛な獣達のねぐらにしか見えませんが、実はこんな家に二人と一匹の住人が暮らしています。
 一人目はこくばん職人のおじいさん。
 すらりとした長身の体躯にすっかり白く染まった髪、深みのある優しそうな青い瞳の人物です。
 おそらくフェルブノイ国内にその名を知らない人はいないでしょう。
 かつてマイナーだったこくばん魔法を使って世界をまたにかけて旅をし、その名を知らしめた有名人です。
 黒の森に引きこもってからは、こくばん職人とこくばん魔法の師匠として大勢の弟子とともにこの大きな屋敷に住んでいましたが、ここ数年は弟子をとることもせずこくばん職人として細々と生活しています。
 ですがさすがは人里離れた森暮らし。高齢にも関わらず腰一つ曲がっておらず、趣味は筋トレという少々変わったおじいさんです。
 そして次におじいさんの使い魔のぴよぷー。
 サイズは……ちょうどおじいさんの顔を横に二つ並べた程度でしょうか。
 とにかく無駄に大きなひよこで、チャームポイントは頭頂部に何故かちょこんと生えた黄色いトサカ。
 誰が見てもメタボリックな体型ですが、この図体からは予想もつかない機敏な動きが可能です。
 人の言葉を理解しますが、喋るのは”ぴよぷー語”、便宜上名前がつけられていますが、「ぴーぴー」だとか「ぷー!」だとかいった人語からは到底かけ離れたもので、長年付き合ってきたおじいさんでも、大体の意思を酌む程度のことしかできません。
 最後に、この物語の主人公であるアリーチェ。
 おじいさんとの血の繋がりはなく、ちょっとした事情があって引き取られ、育てられているみなしごの女の子です。
 その容姿は、日の光にかざすと向こう側が見えそうなほど透き通った色の金髪と、燃えるような赤い瞳が印象的。肌は雪国育ちに多い、陶磁器のような白い色をしています。
 まだ幼い年頃ですが、おじいさんの英才教育を受け、こくばん使いとしての才能の片鱗を覗かせています。ですがそれ故にちょっと困ったところもある様子……。
 おじいさんの冒険譚を聞いて育ったせいか、「私も冒険に出る!」というのが物心のついた頃からの口癖です。
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